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【苗先生の回想録】「私と海」シリーズ(一)

はじめて海を見た日(海南)


文・苗会瓊


高原に生まれ育った私にとって、子どもの頃、テレビで初めて海を目にしたその瞬間から、海へ向かいたいという衝動は、遠くへ行きたいという願いのリストに深く刻み込まれていた。

働き始めて、初めての給料――293.5元を手にしたとき、頭の中にいちばん浮かんでいたのは、「お金が貯まったら、海を見に行こう」という思いだった。


ある夏、同僚二人とともに海南行きの飛行機に乗り、海口空港に降り立った。観光団のバスに乗り、ガイドが海南の気候、環境、交通、人文、風習、物産について延々と語るのを聞いていた。車窓の外には、次々とヤシの木が流れ、走り去る合間に、海と空の境目がかすかに姿を見せる。いつの間にか、ガイドの説明は、あってもなくてもいい背景音へと変わっていた。私は頭の中で、かつて心を打たれた海にまつわる言葉や映像、物語や歌声を探しながら、思考を海と空のあいだへと漂わせていた。


操り人形のように、名所巡り、見学、買い物、そして一日三食をこなすだけの旅。五日間の行程の中で、実際に海辺にいられた時間はごくわずかだった。海は何度もすぐそばにあったのに、手の届かない存在のまま、私たちはまた慌ただしく次の観光地へと向かった。

亜龍湾に着き、ガイドが気前よく四十分の自由時間をくれたことで、ようやく私と二人の仲間は靴を脱ぎ捨て、夢中で海へ駆け出すことができた。海に触れたときの喜びと高揚感はいまでもかすかに覚えているが、三十年という歳月は潮のように、当時の遊びの細部をほとんど洗い流してしまった。ただひとつ残っているのは、裸足で、海水に浸されたばかりのなめらかな砂浜に立ったとき、足の裏から心の奥へと伝わってきた、やわらかくひんやりとした感触――綿のように柔らかく、絹糸のように繊細な、不思議な体験だった。


空と海をじっくり眺める間もなく、ガイドが指定した集合場所へ急いだが、それでも遅れてしまった。バスに戻ると、ガイドから皮肉と冷たい言葉を浴びせられた。そのとき、胸の中は不快感でいっぱいだった。私はこんな旅は望んでいない。次は、一人で海を見に行こう。


2026年2月3日 早朝


 
 
 

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